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『松本人志』を考える

 

初回はご存知、ダウンタウンの『松本人志』です。

わたしのイメージするまっちゃん像を共有したいので、まずは以下の動画をご覧いただければと思います。

 

www.youtube.com

 

表題を考えるにあたってのアジェンダは以下の通りです

 

 

①笑いの定義

コアコンピタンス

③競争戦略

 

 

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①笑いの定義

 

ひとつの業界・市場が与えられている以上、その定義からくる「個人・組織が実行する要素」は限られてきます(野球というスポーツの定義上では、投げる・打つ・走る・守る、という要素しかありません)。

 

そして、それにより「すべきこと・しなくてもよいこと」が見えてくることで、「勝つべきところ・負けても良いところ」を決定することが出来るのです(野球においてすべきことは「投げる・打つ・走る・守る」という領域以外には存在しないのですから、「跳躍する・蹴る・殴る」ことに長けている必要は無い訳です)。

 

では、このお笑い業界の頂点に立つために「すべきこと」は何なのか。

 

まず、「笑う」という現象について、『スピーチ世界チャンプの魅惑のプレゼン術|ジェレミー・ドノバン、ライアン・エイヴァリー』では、ほとんどの笑いは、以下の3つに含まれると説明しています。

 

1)人は優越感を感じるために笑う

判断ミスをした人や風変わりな人を笑う場合など、ユーモアの多くはこのカテゴリーに分類されます。笑いの対象が、高い地位に就いていて、典型的な性格の人の場合は、更におもしろみを増します。

 

2)人は驚くから笑う

この種のユーモアにはあり得ない話、おかしなアドバイス、大げさなものまねやこっけいなものまね、皮肉、ダジャレや言葉遊び、体を張ったコメディー、誇張表現や謙遜する言葉を使ったジョークなどがあります。人は場違いなものに喜びを感じるのです。

 

3)人は強い感情をガス抜きしたいときに笑う

人は、笑うことで困惑や恐れなどの暗い感情を緩和させます。悲惨な状況を茶化すブラックユーモアは、その最たるものです。自分は死すべき運命だという恐怖心を頭から追い出すために笑うのです。

 

つまり「優越感を与える・驚きを与える・ガス抜きをする」ことが、笑いを取る上での「すべきこと」だと言えます(すべてを実行するわけではなく、この3つから取捨選択をするということです。優勝する野球チームが、必ずしも走攻守に長けている訳ではないように)。

 

 

コアコンピタンス

 

括弧書きで前述しましたが、では、この3つから何を選択すべきなのか。それを考える前に、一度「競争」の視点に立ち返りたいと思います。

 

競争における優劣は、もう一段階抽象化・一般化すれば、「競合との差異化」と呼べます。企業間競争における優劣で例えるなら、資金力の大小も「差」と呼べますし、ブランド力の有無も「差」と呼ぶことが出来ますね。

 

つまり、差があること・競合と違うことが、競争における優劣を決定する上での前提であり、したがって、競争における優劣は、他者と違うもの・ことの中にしか存在しないと言えます。加えて、その他者との違いは、模倣困難である必要もあります。模倣可能性の高い違いであれば、あっという間に競合に追いつかれてしまいますから。

 

さらに模倣困難性について付け加えると、そのルーツは「才能」と「経験」にあると(個人的には)考えます。

 

 

長々と書きましたが、要約すれば『経験と才能に基づく差異に基づいて競争戦略を立案すべし』ということです。

 

ここでの経験に基づく差異とは、「それなりの時間をかけることによって、あるいは経験の積(シナジー)によって培われる差異」のことを指します。取得に8,000〜10,000時間かかると言われる弁護士資格や、公認会計士資格とスペイン語スキルを併せ持つことといったものが挙げられます。競合が模倣しようとする際に、これだけの時間、あるいは特殊な体験がハードルとなることが重要です

 

また、才能の基づく差異とは、他の人よりも背が高い(バスケットボール)・独創的な発想力を持っている(ビジネスマン)といった、ほとんどの場合で、背伸びしても得られないような先天的なものを指します。また、幼少期の海外在留体験のような、年を取ってから・時間が経ってからでは得られない体験もこの中に含められるでしょう。

 

 さて、今回取り上げる『松本人志』の場合、彼における『経験と才能に基づく差異』は、ざっくり以下だと考えます(漫才やバラエティは好きで見ていますが、詳しく知る訳ではないのであしからず...)。

 

・緊張を生む、いままでの振る舞い(経験)

・気づきのセンス

・言葉選びのセンス(才能)

・優れた相方との出会い(才能)

 

などなど...

 

 

 ③競争戦略

 

『経験と才能に基づく差異』をスタートに、『優越感を与える・驚きを与える・ガス抜きをする』というゴールに向けた打ち手を設定することで、模倣困難かつ価値あるアウトプットを出すことができる

 

というのが、ここまでの総括であり、わたしが一番主張したかったことでもあります。では『松本人志』の場合において、これはどのように達成されたのか。ここでは、マクロな戦略ではなく、上で紹介した『ガキの使い』のコント(?)が、いかに『経験と才能に基づく差異』に起因するコントであるかの解説に限ったものにします。

 

 

 

 このコントは、「合格発表を見に行く」のに「受験をしていない」、「喫茶店で人を待つ」のに「待ち合わせをしていない」といった、常識や固定観念とは全く異なる主述の関係で構成された掛け合いを軸に展開されます。この掛け合いは、「優越感」と「驚き」、「ガス抜き」というゴールに対して、以下のような打ち手が隠れています。

 

優越感を感じる笑いは、このコント内で松本人志が演じるキャラクターによって生み出されています。風変わりな人物を演じる手法は、様々な漫才やコントで用いられていますが、松本人志の普段の顔を誰もが知っているからこそ生じる大きなギャップや、主述の不可解さを誰よりも深く理解できる思考の力(に基づく振る舞いや言い回し)によって、彼独自の笑いを作り上げています(例えばこれを他の若手芸人がやろうとしても、「普段から変な人なのかな?」とギャップが生じなかったり、理解が及ばないことで本筋とはズレた言動をしてしまうことで、彼ほどの笑いは生み出せないかもしれません)。

 

驚きを与える笑いは、「合格発表を見に行く」のに「受験をしていない」という、視聴者の予想と違う回答が出てくるところにあります(Wikipediaの定義によれば、驚愕の定義は「動物が予期しない事象を体験したときに起こる瞬間的な感情」だそうです)。この会話の”ずらし”を思いつき、それを漫才やコントを通して大衆にも理解・共感できるレベルにまで落とし込む技術こそが、彼の最大のコアコンピタンスであり、”らしさ”の根源にあるのではないでしょうか。

 

ガス抜きの笑いは、いわば「緊張と弛緩」にあると考えます。浜田が松本を過度に気遣うことで後輩(と視聴者)に向けて緊張を与えるなか、その状態で松本が、何食わぬ顔でおかしなことを言うギャップによって、その緊張が弛緩されています。このお笑い界において、二人が持つ危なっかしさに並ぶものはないんじゃないかと思います。それは若い頃から創り上げられたイメージであったり、二人の見てくれや芸能界での地位という、これもひとつのコアコンピタンスに起因しているのではないでしょうか。

 

このようにして、『模倣困難かつ価値あるアウトプット』を生み出すことが出来るのではないでしょうか......

 

というお話でした。おしまい。

 

 

 

追記:わたしの好きな芸人はロッチとかもめんたるです